「反跳爆弾」の版間の差分

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==対艦爆弾(ハイボール爆弾)==
最初に考案された反跳爆弾は、戦艦攻撃用のコードネーム・ハイボール(Highball)であった。爆弾をより遠くで投下することを可能とし、魚雷防御網を飛び越えて、脆弱な喫水線下で爆発させることができた。また、通常の魚雷よりも多くの炸薬を装填可能なことも長所であった。ハイボール爆弾は、球形で、ゴルフボールのようなくぼみがあった。ハイボール爆弾は、[[デ・ハビランド モスキート|モスキート]]に2発搭載可能であった。
 
==対ダム攻撃用爆弾(アップキープ爆弾)==
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==ドイツ軍の反跳爆弾==
ドイツ軍は、[[チャスタイズ作戦]]の後、不発となったアップキープ爆弾を森の中で発見した。これが兵器専門家などによって分析され、1943年6月17日、[[ヘルマン・ゲーリング]]から[[アルベルト・シュペーア]]に報告された。その後、ドイツ空軍によって重量385kg(850ポンド)の反跳爆弾が試験された。これは、トラーフェミュンデ(Travemünde)にあったドイツ空軍研究センターにおいて対イギリス艦艇攻撃用として設計されたもので、コードネーム・クルト(Kurt)と呼ばれた。しかしながら、ドイツ軍の反跳爆弾は、投下前の爆弾に対するバックスピンをさせなかったため、[[フォッケウルフ Fw190|Fw190]]によって行われた実験では、投下した航空機と同じ速度で爆弾が跳躍するため、危険であると判断された。この問題をロケットブースターによって解決しようとしたものの、うまくいかずに、1944年にプロジェクトは中止された。
 
==ソ連の反跳爆弾==
ソ連軍でも第二次大戦中に反跳爆弾を使用した。1944年7月16日、フィンランドのコトカ(Kotka)で、ドイツ軍の対空巡洋艦ニオベ(Niobe)に対して用いられた。ソ連軍の[[A-20 (航空機)|A-20爆撃機]]から投下された爆弾のうち、2発の反跳爆弾と通常爆弾7発が命中し撃沈された。使用された爆弾については不明であり[[反跳爆撃]]を用いたとも考えられる。
 
==文献==