「オルホン渓谷」の版間の差分

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== 重要性 ==
何世紀にも渡って、オルホン渓谷は[[ステップ_ (地形植生)|ステップ]]の王者の座所と見なされてきた。その最初の徴は、8世紀の[[突厥]](とっけつ、とっくつ)の[[ハーン]](可汗)[[ビルゲ]] ([[:en:Bilge Khan|Bilge Khan]]) によってこの渓谷に立てられた[[オルホン碑文]] ([[:en:Orkhon script|Orkhon script]]) を刻んだ石柱である。
 
この石柱の北方約40キロメートル(約25[[マイル]])には、聖なる森に覆われた山エチュケン ([[:en:Ötüken|Ötüken]]) のすぐ近くに、オルド(Ördü, 遊牧民の拠点)があった。[[契丹]](きったん、キタン)人がこの渓谷を支配していたときには、石柱は契丹の権力者の偉業を記録しておくために、3つの言語で刻み直された。
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