「アフォンソ5世 (ポルトガル王)」の版間の差分

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父王の急な逝去により、わずか6歳で即位した。王の遺言により王妃レオノールが摂政となったが、外国人ということで国民に支持されず、[[コルテス (身分制議会)|コルテス]](議会)はドゥアルテ王の弟[[ペドロ・デ・ポルトゥガル (コインブラ公)|コインブラ公ペドロ]]王子を摂政に選んだ。
 
ペドロ王子は善政を行い、庶出の異母兄バルセロス伯[[アフォンソ1世 (ブラガンサ公)|アフォンソ]]を初代[[ブラガンサ]]公にした(アフォンソは[[ブラガンサ王朝|ブラガンサ家]]の祖となった)。が、コインブラ公に代わり実権の掌握を狙うブラガンサ公は、幼いアフォンソ王に「摂政は王位を狙っている」と吹き込み、王はコインブラ公を敵視するようになった。
 
[[1443年]]、ドゥアルテ1世の弟[[フェルナンド聖王子|フェルナンド王子]]が[[フェズ]]で獄死した。遺骸は城壁から逆さに吊り下げられた。従者たちは遺骸をもらい受けると、遺骨に塩をふりかけ、壷に入れて埋葬した。アフォンソ5世は捕虜にした[[モロッコ]]の貴族たちと交換に、叔父フェルナンド王子の遺骸を取り戻し、1452年[[バターリャ修道院]]に埋葬した。
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