「日蓮」の版間の差分

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** 7月 極楽寺良観の祈雨対決の敗北を指摘。
** 9月 良観・念阿弥陀仏等が連名で幕府に日蓮を訴える。
** 平左衛門尉頼綱により、幕府や諸宗を批判したとして[[佐渡国|佐渡]]流罪の名目で捕らえられ、[[腰越]][[龍口|龍ノ口刑場]](現在の[[神奈川県]][[藤沢市]][[片瀬]]、[[龍口寺]])にて処刑されかけるが、[[球電]]現象らしきことが起こり、太刀取や兵が恐れてしまい処刑は断念される。(刀が段々に折れるという怪異が発生し中止された、という伝説もあるが、日蓮は「種種御振舞御書」に、「江の島のかたより月のごとく光たる物まりのようにて、辰巳の方より戌亥の方へ光渡」り、その結果「太刀取・目くらみたおれ臥し・兵共おぢ怖れる」としている。)
** 10月 評定の結果[[佐渡国|佐渡]]へ流される。
* 流罪中の3年間に日蓮当身の大事という人本尊開顕の「開目抄」、法本尊開顕の「観心本尊抄」などを著述し、それまでの上行菩薩としての外用の振舞いを払い、久遠元初の自受用身としての本地を顕す。さらにこのころ[[末法]]の時代に即した[[法華曼荼羅]]を完成させた。この法華曼荼羅が、後世の人々に多大な影響を与えることとなる。
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