「中田英寿」の版間の差分

* 日本のサッカー界へさまざまな貢献をしている。
** 故郷の山梨で中学時代の恩師が監督をしているクラブ「フォルトゥナSC」をサポートしており、会員No.0001である。出身地の山梨県をホームとする[[ヴァンフォーレ甲府]]がJ1に昇格した際には、スポンサーを紹介した。また、山梨県にユニフォームを贈呈したこともある。
** ローマに移籍した22歳の時、J2に降格して資金的に窮したベルマーレを救済するために自身のHPの"nakata.net"の名で広告を出して出資して以来、ずっとスポンサードしている。ユニフォームの背中の「nakata.net」の広告や、2004年、ベルマーレジュニアユースの公式戦用ユニフォーム作成の依頼を引き受け、自らデザインして一式を贈り、2008年には「湘南ベルマーレ持株会」が目標の2000万円に届かない中、ベルマーレは週間の期限延長とともに中田の持ち株会参加を表明、結果2700万円に達するなど、3シーズンという短い在籍期間にもかかわらず、現役時代からスポンサーとなって元の所属クラブをサポートしている選手は他にいない。ベルマーレも感謝の印として、平塚競技場の7番ゲートを「Hideゲート」と名づけている。
** [[日本女子サッカーリーグ|なでしこリーグ]]と個人的親交のあった「株式会社モック」の山田納生房代表取締役社長兼[[最高経営責任者|CEO]]の[[スポンサー]]契約の橋渡し役となった。
** 2002年と2006年には、W杯に合わせて営業した『nakata.net cafe』で使用された家具のチャリティーオークションの収益で、Jリーグアカデミーへ全Jリーグクラブ分のミニゴールなどを寄贈している。
* 2000年には、かねてから交流のある[[小室哲哉]]が当時主宰していた[[Rojam Entertainment]]にプロデューサーとして所属していたことがある。
* 2000年には、かねてから交流のある[[小室哲哉]]が当時主宰していた[[Rojam Entertainment]]にプロデューサーとして所属していたことがある。中田は菓子が好きなことで知られ、2003年[[7月9日]]には菓子メーカー株式会社[[東ハト]]の非常勤[[執行役員]]CBO(Chief Branding Officer=チーフ・ブランディング・オフィサー)に就任。キャラメルコーンやハーベストのパッケージを一新して話題になった。社員啓発のために配布した共著の絵本「お菓子を仕事にできる幸福」が評判を呼び、一般向けにも刊行した。2005年には、[[ニューヨーク]]にビルを購入、建築家の[[安藤忠雄]]にリフォームを依頼し、部屋のレンタルを計画。[[アンドリー・シェフチェンコ]]が「部屋を借りたい」と申し出たといわれる。所属事務所である[[サニーサイドアップ]]の大株主でもあり、取締役の次原、小林に次ぐ第三位の株主である(2008年8月の段階で6.91%を保有)
* 2005年には、[[ニューヨーク]]にビルを購入、建築家の[[安藤忠雄]]にリフォームを依頼し、部屋のレンタルを計画。[[アンドリー・シェフチェンコ]]が「部屋を借りたい」と申し出たといわれる。
* 所属事務所である[[サニーサイドアップ]]の大株主でもあり、取締役の次原に次ぐ第2位の株主である(2008年6月30日の段階で7.92%を保有)。
 
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