「黒川道祐」の版間の差分

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道祐は[[字]]であり、名は玄逸、号に静庵、遠碧軒などがある。[[林羅山]]より[[儒学]]を学んだ。[[安芸国]]の浅野家に儒医として仕えた。職を辞した後、洛中に住して、本草家の[[貝原益軒]]と交友した。
 
河窪武田家(清和源氏を祖とする)の武田信成(江戸期の医師)の娘を嫁として向かい入れ、その長男 信郷(叔安)が河窪武田家を継ぐ。黒川家13代目現当主 黒川裕介は、タナシン電機株式会社元副社長、株式会社タカキタ元役員を歴任。
 
== 著書 ==
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