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伝承によれば、[[717年]]([[養老]]元年)、白山中宮長滝寺として[[泰澄]]が創建したとされる。[[722年]](養老6年)には同寺にて[[元正天皇]]の病気平癒を祈願して効験があったことから、元正自作の[[十一面観音]]、[[聖観音]]、[[阿弥陀如来]]の本地仏を安置し、白山本地中宮長滝寺に改称したという。
 
[[828年]]([[天長]]5年)にはそれまでの[[法相宗]]から[[天台宗]]寺院へ改宗。[[833年]]([[天長]]9年)には白山三馬場の一つになる(『白山之記』)。馬場とは[[禅定道]]の起点のことであり、白山三馬場とは、美濃国の白山中宮長滝寺、[[加賀国]]の白山寺白山本宮(現[[白山比め神社|白山比咩神社]])、[[越前国]]の[[平泉寺白山神社]]である。[[平安時代]]の長滝寺は、白山三所、若宮社、大講堂、鐘楼、護摩堂、神楽殿、三重塔、法華堂、薬師堂など30以上の堂宇が建ち、6谷6院360坊を有していたという。[[1271年]]([[文永]]8年)には火災により半数の建物を焼失。[[1290年]]([[正応]]3年)には本殿が再建された。
 
[[江戸時代]]には白山嶺上の管理を巡り、美濃馬場の白山本地中宮長滝寺、加賀馬場の白山寺白山本宮、越前馬場の平泉寺との論争が起きる。日本全国の白山神社の半数以上が白山本地中宮長滝寺系統の白山神社であったという。
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