「王鳴盛」の版間の差分

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幼少の頃から、[[経学]]を[[恵棟]]から、詩文を[[沈徳潜]]から学び、[[1754年]]([[乾隆]]19年)に[[進士]]及第した。官は、内閣学士、兼礼部侍郎にまで進んだが、失脚し、帰郷して[[蘇州]]で[[処士]]として後半生を過ごした。
 
学問的には、学(漢学)を志し、経学においては、[[鄭玄]]を理想とした。史学では、経学の手法を応用して、[[正史]]の異同を精査し、また小説・野史・金石文までも当たって考証を重ねた。
 
== 主著 ==
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