「佐々木竹見」の版間の差分

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騎手養成所を経て、[[1960年]]6月に騎手としてデビュー(6頭立て6着)。同年7月に初勝利を挙げる(騎乗馬サチトップ)。
 
[[1964年]]には早くも南関東リーディングジョッキーに輝き、[[1979年]]は右大腿骨骨折で1年間を棒に振るも、以後[[2001年]]の現役引退まで42年の長きに渡り[[地方競馬]]の中心ジョッキーとして活躍。「竹見マジック」ともいわれた逃げ先行の戦法を得意とし、[[地方競馬]]はもとより[[中央競馬]]でもこれまで記録されたことのない最多勝利記録を更新した。生涯成績は地方39060戦7151勝(うち重賞143勝)、中央20戦2勝、海外遠征12戦未勝利の合計39092戦7153勝を記録(当時世界歴代6位)。南関東リーディングジョッキーも17度獲得している。生涯7000勝ジョッキーは日本では2006年現在佐々木ただ1人であり、海外のジョッキーを含めてもわずか8人しかいないという輝かしい大金字塔である。ちなみに世界最多勝ジョッキーは[[ラッセリカルドベイズ]]の1万勝超。地方競馬では勝負服が騎手別となっているが、佐々木の記録を称えて[[勝負服 (競馬)|勝負服]]の服色(赤・黄山形一文字)は永久保存となっている。
 
[[1966年]]の'''年間勝利数505勝'''(2384戦)は当時の[[世界記録]]であり、また[[2006年]]に[[内田博幸]](大井)に更新されるまで40年もの間[[日本記録]]でもあった。なお、内田の勝利数にはJRAでの勝利数が含まれており、地方競馬のみの記録としては現在も最多勝記録である。