「筒井城」の版間の差分

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が考えられるが、これらの可能性について検討している。
 
そもそも鬼門とは、[[中国]]で発展した地相術で、[[遣唐使]]によって日本に伝えられたが9世紀末に遣唐使が廃止になってからは、日本独自に変化し[[陰陽道]](風水)の一つ、鬼門を嫌いそれを除ける[[風習]]があったと思われている。戦国時代の風水とは[[武士]]のものであって、陣取りや合戦の日時を風水によって決められる事もあった。
 
鬼門除けのひとつが「鬼門落し」で、建物や敷地の北東隅を欠くことで、北東隅を造らないようにしたもので、この「鬼門落し」で有名な施設は[[京都御所]]である。ほぼ[[正方形]]になっている禁裏であるが北東隅の塀だけが欠けている。また近世城郭では[[鹿児島城]]、[[日出城]]の鬼門櫓、[[江戸城]]の[[寛永寺]]や筋違門、[[彦根城]]の中堀における多折れ構造など中世の城郭でも数多くの「鬼門落し」が見られる。しかし、これらの例も風水のみではなく防備施設と兼ね備えている城々もあった。
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