「アンシュルス」の版間の差分

[[神聖ローマ帝国]]が、その内実を失った[[三十年戦争]]以後、[[ドイツ民族]]の統一した'''「ドイツ国家」'''の復活は多くのドイツ人の悲願であった。しかし、大きな内部的な課題が存在していた。
 
ドイツ語圏には旧神聖ローマ帝国皇室である[[ハプスブルク家]]が治める[[オーストリア]]と[[ホーエンツォレルン家]]が治める新興国[[プロイセン王国|プロイセン]]という2つの[[大国]]があり、どちらもが自国によるドイツ統一を望んでいた。更にオーストリアの領土には[[ハンガリー人]]や[[スラブ民族]]などが多く居住しており、異民族が存在したのでは本当の意味での[[国民国家]]が成り立たないとの意見もあった。
 
そこで、[[多民族国家]]であるオーストリアは排除して、とりあえずの統一国家をつくるべきだという「[[小ドイツ主義]]」と、オーストリアを含めた全ドイツ語圏の国家統一を目指す「[[大ドイツ主義]]」が対立することになった。だが、いち早く強国となったプロイセンが行ったのは、自らが完全に主導権を掌握できるオーストリアなしの「小ドイツ主義」による統一策であった。[[1866年]]の[[普墺戦争]]で勝利したプロイセンは、[[1871年]]には[[普仏戦争]]に勝利した。この結果プロイセン王はドイツ皇帝となり、オーストリアを除く統一国家[[ドイツ帝国]]([[ドイツ国]])を成立させる事になった。
匿名利用者