「週刊少年サンデー」の版間の差分

 
=== 1970年代 ===
『週刊少年マガジン』との争いの敗北を受けて、やむなく青年向け雑誌(マガジンとは異なり、スタイリッシュな路線を目指した)への方向転換を図り、1970年21号から1年間広告製作プロダクション[[サン・アド]]に表紙の製作を受注。「傑作アイデアシリーズ」と称した、昆虫をダイナミックにレイアウトした「怪虫シリーズ」を皮切りに、トイレの便器、マネキン、スキンヘッド、マッチ箱、オール手書きイラスト、編集部宛の投書など表紙としての定義さえも破壊した表紙が次々と登場した。この時期の主な連載に[[ジョージ秋山]]「[[銭ゲバ]]」(1970年)、[[古谷三敏]]「[[ダメおやじ]]」(1970年)などがある。それらが沈静化した1972年頃からは「[[月光仮面]]」、「[[赤胴鈴之助]]」などの旧作のアニメ化に伴った漫画連載を展開し、当時作品に馴染んでいた親層の取り込みを図る一方で、[[石森章太郎]]「[[人造人間キカイダー (漫画)|人造人間キカイダー]]」(1972年)、[[永井豪]]/[[石川賢 (漫画家)|石川賢]]「[[ゲッターロボ]]」(1974年)などの特撮作品のコミカライズを掲載し、子供層を押えようとするなど、「親と子が安心して読める」誌面を展開した。
 
しかし、サンデー、マガジンともすでに青年(あるいはそれ以上)向け雑誌に転じていたため、本来の読者層であるはずの少年の多くが『[[週刊少年ジャンプ]]』に流れることになり、1973年にはサンデー、マガジンともに発行部数で追い抜かれることになり、再び少年向けに方向転換(ただし、一部の劇画は残った)。
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