「アンドレ・ワッツ」の版間の差分

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ハンガリー人の母マリア・アレクサンドラ・ガスミッツと[[アメリカ陸軍]]下士官でアフリカ系アメリカ人ハーマン・ワッツの息子として[[ニュルンベルク]]に生まれる。幼少の頃に母親から音楽の手ほどきを受け、[[フィラデルフィア]]音楽院でピアノを専攻。
 
9歳で[[フィラデルフィア管弦楽団]]とハイドンのピアノ協奏曲を弾いて脚光を集めた。1963年に[[レナード・バーンスタイン]]率いる[[ニューヨーク・フィルハーモニック]]と共演して[[フランツ・リスト]]の[[ピアノ協奏曲第1番 (リスト)|ピアノ協奏曲第1番]]を演奏し、一躍時の人となった。また、この年にはピーボディ音楽院に入学して[[レオン・フライシャー]]の薫陶を受けている。
 
在学中の1964年から1965年にかけてヨーロッパ遠征を行い、[[ロンドン交響楽団]]や[[アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団]]と共演して好評を得た。1967年には[[ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団]]の定期演奏会に出演している。1969年に初来日は1969年
 
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