「日野賢二」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
[[1975年]]より[[ニューヨーク]]に移住。血液型A型。2009年5月現在、「日野"JINO"賢二」の名前で活動している。
 
[[ジャズ]]のフィールドに留まらず、[[ヒップホップ]]、[[R&B]]等にも幅広く活動の場を広げており、[[ZEEBRA]]や[[AI]]、[[高崎晃]]等とのジャンルの垣根を越えた異種コラボレーションも盛んに行っている。
[[ジャズ]]・トランペッターの[[日野皓正]]の次男。叔父に[[日野元彦]]がいる。
 
2008年には[[櫻井哲夫]]とのユニット"TETSUJINO"(テツジーノ)としてアルバムをリリース、ベース二人による超絶テクニックを前面に押し出した作品として高く評価されている。
 
[[ジャズ]]・トランペッターの[[日野皓正]]の次男。叔父に[[日野元彦]]がいる。兄のマス・ヒノはベース製作者で、現在「マスタービルダー」として勤務するメーカーの"[[アトリエZ]]"でZINOモデルを製作している。
 
 
==エピソード==
[[ジャコ・パストリアス]]の薫陶を受けた数少ないベーシストである。ジャコ自身も周囲に「おい、皆聞いてくれ。彼がオレの弟子だ」と話すほどの間柄であった。しかし、晩年[[躁鬱病]]とドラッグ、アルコールの耽溺によってボロボロになって行くジャコを更生させるために父親の日野皓正と共に更生させようとしたが、結局度々脱走してしまい、上手く行かなかったという。結局ジャコは悲劇的な事件によってこの世を去る事になるが、後に彼は「ジャコはアーティストとして素晴らしかったが、人間としては最低だった」と述懐している。
 
== 外部リンク ==
2,197

回編集