「24時間テレビ 「愛は地球を救う」/history20160321」の版間の差分

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* 第1回のフィナーレで、総合司会の[[大橋巨泉]]はカメラに向かって「確かに人々の好意でこれだけの金額が集まりました。しかしテレビの前の[[政治家]]の皆さん、[[自由民主党|自民党]]の皆さん、これは本来あなた達がやらなければいけなかったのですよ!」と政治家の福祉政策を批判した。
* [[1991年]]は日本武道館が改修工事中だったため、移転間もない[[東京都庁舎|東京都庁]]をメイン会場とし、また日本テレビが独占放映した[[1991年世界陸上競技選手権大会|世界陸上競技選手権大会]]東京大会の中継のため、1か月前の7月に前倒しして開催した。
* [[1992年]]と[[1993年]]のサブタイトルは「愛は地球を救う」ではなく、「愛の歌声は地球を救う」だった。[[1994年]]以降は元に戻っている。またこの時から番組が毎年掲げるテーマが抽象的な物となっている。
* [[2001年]]の第24回放送では、徳光和夫が同年6月に急性心筋梗塞の手術を受けたため、深夜から翌昼までの時間帯は[[立教大学]]の後輩である[[みのもんた]]が司会を務めた。
* [[2004年]]に[[仙台市]]内のチャリティー会場に来ていた臨月の妊婦が中継中に陣痛を起こし、病院に搬送される事件があった。その後、女性は無事に出産。女性は出産から1年経った[[2005年]]にも来場し、女性が「この子がこの会場で陣痛が起きた時の子なんです」というと、この件を覚えていたミヤギテレビのチャリティーパーソナリティの[[内山信二]](同局制作の『[[月刊 元気一番"生"テレビ]]』でレポーターを務めている縁で、現在まで継続して出演中)は「24時間テレビ君と名付けたんですか?」とボケて見せた。その後も内山と女性の家庭との間に交流があるという。
* これまでに開局記念日(8月28日)か開局記念日明け(8月29日・30日・31日)で放送した例は、[[1980年]]・[[1988年]]・[[1992年]]・[[2005年]]・[[2008年]]の5回ある。([[2009年]]も予定しているため6回となる見込み)
* 番組放映時に、「[[日本武道館]]に爆弾を仕掛けた」という脅迫電話が掛かって来た為、厳戒態勢が敷かれたまま放映されたことがある。
* 各ネット局ではそれぞれ街頭募金及びテレビ局の局舎で募金活動などのチャリティーイベントを開催するが、[[1999年]]に[[静岡第一テレビ]]がCM未放送問題を起こし、NNSや[[民放連]]から除名処分を受ける事態となったため、街頭募金の規模が大幅に縮小された他、静岡第一テレビ局舎前のイベントも自粛したため一切開催されず、テレビでの募金告知も生中継を一切行わず、事前に収録した[[テロップ]]のみの告知となった。詳細は[[静岡第一テレビ#CM未放送問題|CM未放送問題]]を参照。
* 番組の主旨を悪用した募金詐欺が放送開始以来度々発生している。番組では行っていない訪問による募金活動などがそれらの手段として利用される。この為、日本テレビ以下NNN/NNS各局では募金の告知スポット放映時に、訪問募金を行っていない事を強調して、詐欺行為に騙されないよう呼びかけている。
* 2009年、政府・与党が[[衆議院]]解散総選挙を8月30日に投開票を実施する方向で合意した為、同日に放送を予定している24時間テレビとバッティングしてしまうことが明らかとなり、日本テレビは当日の対応に追われることとなった。定例記者会見で「総選挙が8月30日になってしまったら困る」と冗談めかして語っていたが、その不安が的中してしまった形となり、7月14日の日本テレビ放送局内での編成会議で対応を考慮検討する事となったが、チャリティーマラソンの時間繰り下げ(開票速報が午後8時以降となるため)や、放送内容の再検討を含めた対応を迫られる事態となった。
 
== 各年度の放送概要 ==
2,197

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