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'''魯 智深'''(ろ ちしん、Lǔ Zhìshēn)は、[[中華人民共和国|中国]]の[[小説]]で[[四大奇書]]の一つである『[[水滸伝]]』の登場人物。
 
天孤星の生まれ変わり、序列は[[梁山泊]]第十三位の好漢。[[渾名]]は花和尚(かおしょう)。花和尚の「花」は刺青を指し、全身に刺青があったことが名前の由来である。年齢は不詳だが[[林冲]]と義兄弟の契りを結んだ際、彼が兄となっているため林冲より年上である可能性が高い。柳の木を根っこごと逆さまに引き抜き、素手で山門の[[仁王像]]をバラバラに粉砕してしまうほどの怪力の持ち主。登場した当初は[[文盲]]であったが、後に再登場した際は字が読めるようなっている。少々思慮は浅いが義侠心に厚く困っている人間を見ると自身の利害は関係無しに助けずにはいられない。純真で酒を愛し、なにより腕が立つという水滸伝豪傑の典型である。また同じ猪突猛進タイプの好漢[[武松]]や[[李逵]]が無関係な人間や弱者にも容赦のない所があるのに対し、魯智深はついに弱い立場の人間に拳を向けることはなかった。それ故か日本でも中国でも最も人気のある登場人物の一人であり、作中でも悟りを開いて入滅するという破格の扱いを受けている。
 
{{ネタバレ}}
==生涯==
俗名は魯達(ろたつ)。筋骨隆々とした巨漢で、元は渭水経略府の小官だった。[[史進]]が師匠の[[王進]]を訪ねて訊ねて渭州に立ち寄った際、親交を深めた([[李忠]]も同席)が、その直後持ち前の義侠心から起こした事件(旅芸人を苦しめる長者を拳骨3発で撲殺)が原因で逃亡者となる。逃亡中立ち旅芸人親子の勧めで寄った屋敷の主人趙員外の勧めで、官憲の追及を逃れるために出家する。長老の智真に見込まれて師匠自らの一字を取った智深という戒名を授かる。師匠である智真長老は、魯智深が将来大きな悟りを開くものと予言していた。しかし、天衣無縫の荒法師で、酒を好み、しばしば騒ぎを起こしたため師匠の智真ですら庇いきれずやむなく破門にされ、智真の勧めで[[開封|東京開封府]]にある大相国寺の菜園に身を寄せることになる。なお、この旅の途中では麓の庄屋の娘と無理矢理祝言を上げようとした桃花山の山賊[[周通]]を懲らしめ、瓦灌寺の凶賊たちを偶然再会した史進とともに倒すなど快男児ぶりを示した。
 
開封府では、着任早々野菜泥棒たちを叩きのめして逆に舎弟にしてしまい、さらに、禁軍の教頭を務めていた林冲と意気投合し義兄弟の契りを交わす。その林冲が無実の罪で流され、途中殺されそうになると、それを助け、再び逃亡生活に入る。道中出会った[[楊志]]、[[曹正]]と二竜山にこもっていた盗賊達を倒し、そのまま首領におさまる。その後[[武松]]、[[施恩]]、[[張青]]、[[孫二娘]]らを仲間に加え、度々官軍を退け、勢威を誇ったが、[[呼延灼]]が討伐に来た際に、[[梁山泊]]に加わる。
 
梁山泊では歩兵軍の頭領として度々活躍した。後に、江南の[[方臘 (水滸伝)|方臘]]討伐に参戦し、方臘を捕らえる殊勲を上げた。この際、江に潮が逆流する音(潮信)を聞いて師匠から与えられた言葉に思い当たり、一室に入って入寂した。怪我も病気もなかったという。
 
==武器==
62斤の禅杖(もしくは錫杖(しゃくじょう))。
<!--中国の僧が持つ禅杖は鏟(「さん」金偏に産)と呼ばれる武器。三日月状の刃を天に持ち、スコップ状の刃を地に持つ形状が特徴。三日月状の刃の方に環をつるしてある。戦で死んだ人々をこのスコップ状の武器で穴を掘り埋めていた。日本の禅杖とは形が異なる。
<!--西遊記のサゴジョウはこれですが、中国全部がこれ?要出典
中国の僧が持つ禅杖は鏟(「さん」金偏に産)と呼ばれる武器。三日月状の刃を天に持ち、スコップ状の刃を地に持つ形状が特徴。三日月状の刃の方に環をつるしてある。戦で死んだ人々をこのスコップ状の武器で穴を掘り埋めていた。日本の禅杖とは形が異なる。
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