「理解」の版間の差分

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小松明 (会話) による版を Yukida-R による版へ巻き戻し
m (小松明 (会話) による版を Yukida-R による版へ巻き戻し)
 
さらに、取扱説明書では、実際にその手順を正しく行えるかどうかということが関係する。また、物語ならば登場人物の微妙な心理の変化などを把握できているかどうかということが関係して来る。
 
 
理解というのは、疑問点を追及し、疑問点をなくし「わかった」という状態になること。
また、理解というのは[[感情]]であるともいえる。喜怒哀楽に続く第五の[[感情]]・理解であると[[利用者:小松明|小松明]]は提唱する。[[利用者:小松明|小松明]]のペンネーム及川晴彦にて「人は誰でも天才になれる!?」で1999年12月に発表されている。ISBN4-7974-1102-3 C0095 ¥857E 現在は絶版のため[[国立国会図書館]]にて閲覧可能。
[[感情]]というのは快・不快を感じるものをいう。
「理解できないとき嫌になる」という自己暗示を駆使すれば、理解は[[感情]]であることを証明できる。
それまでに特に理解の[[感情]]は意識できなくて、その後、自己暗示により理解の[[感情]]を持ったとき、頭の中にあった、それまでの理解が全部なくなり空っぽになったように感じる。理解の空間と名づける頭の中のその空間には、その後、理解した事柄がたまっていくように感じられる。また、その空間の中では、そのことが[[イメージ]]でき、理解の内容を再確認でき、また把握できる。理解した事柄が複数貯まった後、理解と理解を、その空間でぶつける実験を行ったところ、考えが閃くことを発見した。
 
現在、[[発想]]法は、もう少しわかりやすく、以下に記します。
 
 「なんでこうなるんやろう」→「わかった!」理解する。
 すぐさま、次の事柄を「なんでこうなるんやろう」→「わかった!」理解する。
 理解すると脳が活性化する。脳が活性化している間に次々に3~4個程度理解すると、
理解と理解が組み合わさり、考えが閃く。
 
 
==分析的理解==