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'''圭峰宗密'''('''けいほうしゅうみつ''', [[780年]] - [[841年]])は、[[中国]]・[[唐]]代の僧。
 
当時の[[仏教]]界において、[[禅]]の一派である[[[荷沢宗]]]と[[華厳宗]]とを中心として、諸種雑多な仏教思想と実践行とを統一する「教禅一致」の特異な教説を説いた。また、その著『原人論』では、[[儒教]]や[[道教]]も仏教のもとに統合しようとする「三教融合」の試みもはかられている。
 
俗姓は何氏、[[四川省]]の果州西充の出身。最初は儒教を学んだのだが、その後、仏教に転向し、25歳の時に出家して道円に師事した。後に、『[[円覚経]]』及び[[杜順]]撰『法界観門』に出会い、自身の立つ立場を確固たるものとした。
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[[Category:僧 (中国)|けいほうしゆうみつ]]
[[category:華厳|けいほうしゆうみつ]]
[[Category:禅|人け]]