「ウィーン体制」の版間の差分

'''ウィーン体制'''('''Vienna system''', '''Vienna Settlement''')は、[[ウィーン会議]]以後の[[ヨーロッパ]]世界の体制。[[クリミア戦争]]によって完全に崩壊するまで続く国際的[[反動体制]]。
 
[[フランス]][[外相]][[タレーラン・ペリゴール]]の[[正統主義]]を基に、[[フランス革命]]以前の状態を復活させ、[[大国]]の[[勢力均衡]]を図った。[[神聖同盟]]・[[四国同盟]]を中心に、[[自由主義]]・[[国民主義]]運動を抑圧。
 
一方で、その基本理念はヨーロッパの協調にあり、国家間の諸問題の解決に外交努力を惜しまなかったことから歴史的にみても比較的長期の安定を欧州にもたらしていた。
*[[スイス]]:5州を加え[[永世中立国]]として承認された。
 
*[[セネガル]]:[[フランス]]の[[植民地]]となる。
 
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[[Category:国際関係|ういんたいせい]]
 
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