「重騎兵」の版間の差分

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[[Imageファイル:Frz-Gardekuerassier.png|thumb|right|250px|フランス帝国軍の親衛胸甲騎兵([[ジャン・グロ]])]]
'''重騎兵'''(じゅうきへい, heavy cavalry, cuirassier)は、鎧で重武装した[[騎兵]]。
 
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中国における[[南北朝時代 (中国)|南北朝時代]]の北朝や[[隋]]の他、[[遼]]や[[西夏]]・[[金 (王朝)|金]]といった周辺異民族の王朝では重騎兵が重要な地位を占めた。[[東ローマ帝国]]では馬までもが甲冑を帯びた[[カタフラクト]]が軍の主力となった。[[モンゴル帝国|モンゴル軍]]や、初期[[イスラム帝国]]〜[[オスマン帝国]]を通して[[西アジア|アラブやペルシャ]]の諸国家は軽騎兵による騎射と重騎兵による突撃を巧みに使い分けた。
 
中世ヨーロッパでは[[レヒフェルトの戦い]]において重装備の[[騎士]]の軍が数で倍する[[軽騎兵]]で構成された[[マジャル人|マジャール人]]の軍を打ち破るなど、重騎兵が大きな力を発揮し軍事上最も重要な地位を占めた。特に[[百年戦争]]後期フランスの騎士などは非常に重い馬鎧を馬に着せたため頑強な防御力を誇った。しかし、その分機動力が極端に小さくなった。[[アジャンクールの戦い]]ではこれが裏目に出て、射程のある長弓の連射により次々と撃たれたと言われる。
 
日本における騎兵の担い手となった[[武士]]たちもおしなべて重騎兵であったが、[[平安時代|平安]]後期から[[鎌倉時代]]にかけての彼らは騎射をよく行う特異な重騎兵であった。
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* [[弓騎兵]]
 
[[Category{{DEFAULTSORT:騎兵|しゆうきへい]]}}
[[Category:軍事史|しゆうきへい騎兵]]
[[Category:軍事史]]
 
[[en:Heavy cavalry]]