「陽だまりの樹」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
== 概要 ==
タイトルの「陽だまりの樹」は、[[水戸学]]の[[弁証家]]である[[藤田東湖]]が劇中で主人公の'''伊武谷万二郎'''へ語る国家体制日本の姿を示唆していである。19世紀[[欧米が市場を求めてアジア]]の[[欧米]][[資本]]が流入する中進出した世界状況日本の[[安全保障]]を確保するため[[天皇]]の権威を背景に[[江戸幕府]]を中心とする体制再編により国体強化が必要であるする認識があった東湖は、同時にだが幕府の内部は慣習に囚われた白蟻に食わ門閥で占められて倒れかけているという状況を悲、これを「陽だまりの樹」と呼ぶ。
 
閉塞状況を打開するものは青年の行動力以外に事態を打開するものはないする謳いあげた東湖のアジテーションは日本の青年層憂国世代の心を大きく揺さぶり、る。関東小藩の藩士であった'''伊武谷万二郎'''の胸にその熱い思いを強くすが刻まれる。無骨で真面目な武士の万二郎は退屈なお勤めに疑問も抱かず登城のマラソンもいつも一番。平時の武士として見本のような男であった。一方、もう一人の主人公である蘭方医の'''[[手塚良庵]]'''(手塚治虫の曽祖父)は医師の家に生まれ、やはりて大坂適塾で医師となの門をくぐったエリートだが、江戸に戻っても放蕩ぶりが父の良仙に厳しく戒められるほどの遊び人。江戸っ子らしく間口は広いが封建的で権力闘争に終始する医学界には批判的であり、また人間らしく生きたいとする夢想家のノンポリでもあとして時代を眺めてい。対照的な万二郎と良庵だがなぜかウマが合う。
 
万二郎はアメリカ総領事[[タウンゼント・ハリス]]へ幕府側からの護衛として派遣され、友人となる通訳[[ヘンリー・ヒュースケン]]と出会う。一方良庵は幕府の西洋医学への寛容化から提案された[[種痘]]所開設に仙庵と共に尽力することになるのだが、西洋医学を嫌う[[御殿医]]達に様々な嫌がらせを受ける。やがて軍制改革により農兵隊の隊長となった万二郎は国家体制幕府への忠誠だけでなく、自分が本当に守りたいと思う人々との出会いにより銃を取り戊辰戦争の戦場の煙の中へ消えていき、また良庵は患者を守るために、自分の意志を抑えて運命を甘受しながら新政府軍の軍医となるが、西南戦争で死ぬ
 
万次郎と情熱を傾けて語り合った西郷隆盛は彼が去った後で流れに逆らっても何にもならないと呟くが、傍観者だったはずの良庵は噛み付いてみせる。時代に合わせるだけが生き方ではないと。良庵自身も患者を守るために、自分の意志を抑えて運命を甘受して新政府軍の軍医となるが、明治に入り今度は政府に逆らって自滅の道を選ぶ西郷を討つための西南戦争に従軍する。無常な人生を回顧する良庵だがあっけなく戦死する。作者の手塚治虫が良庵が自分の曽祖父であったという言葉で物語が閉じられる。
 
当時の開国、西洋文明と西洋人の流入からやがて続く倒幕、そして戊辰戦争という時代の流れの上で、対照的だが友情で結ばれた2人の人生を綿密に推敲されたストーリーで描いている。手塚作品の中でも『[[アドルフに告ぐ]]』と並んで緻密に作られており、また絵のタッチも劇画的であり、当時の[[大友克洋]]の『[[AKIRA]]』の登場に刺激を受けたとも言われる。良庵の砕けた性格を手塚自身に重ね、対して一方真っ直ぐな武士である万二郎は、一つの作者の男性の理想像とも取れる。途中、[[坂本龍馬]]のような男性的英雄も登場するが、作者も「あまりに男性的な人物を描くのは苦手」と言うとおりキャラクターが余り引き立たず行動だけがから回って豪快に見える。それを考えると万二郎の様な人物がやはり作者が好もしいと思い、共感できる男性像なのであろう。