「1991年ポーランド議会選挙」の版間の差分

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'''1991年ポーランド議会選挙'''(1991ねんポーランドぎかいせんきょ)は、[[ポーランド共和国]]の[[立法府]]である[[ポーランド共和国下院|セイム(下院)]]と[[ポーランド共和国上院|セナト(上院)]]の議員を選出するため[[1991年]][[10月]]に行われた[[総選挙]]である。
 
== 概要 ==
[[1989年]][[6月]]の[[1989年ポーランド議会選挙|部分的自由選挙]]<ref>1989年の2月~4月にかけて行われた円卓会議での合意に基づいて行われた選挙で、セイムの35%と新たに設置されたセナトの全議席を自由選挙枠とし、残る議席はPZPRとその[[衛星政党]]に前もって配分される仕組みとなっていた。選挙の結果、自由選挙枠のほぼ全てを「連帯」が獲得し、PZPRは1議席も確保することはできなかった。</ref>の結果、[[独立自主管理労働組合「連帯」]]顧問である[[タデウシュ・マゾヴィエツキ]]を首班として発足した非共産党政権によって、[[憲法改正]](12月)がなされ、[[社会主義]]体制を放棄して以降、初めて行われた[[自由選挙|完全自由選挙]]である。
 
== 選挙の概要 ==
*'''[[ポーランドの大統領一覧|大統領]]''':[[レフ・ヴァウェンサ]] - 前年1990年の[[1990年ポーランド大統領選擧|大統領選挙]]で大統領に選出された。
*'''[[ポーランドの首相一覧|首相]]''':
**セナト:30歳以上
 
== 主要政党 ==
1990年の大統領選挙、1991年の総選挙を巡って「連帯」系グループが分裂、様々な少数政党が乱立した。以下に主要な政党及び連合について取り上げる。
;[[民主左翼連合]](SLD)
注記:『ポスト社会主義国 政党・選挙ハンドブックⅠ』P7~P15と『ポーランド体制転換論 システム崩壊と生成の政治経済学』P179~P181を参照して作成した。
 
== 選挙結果 ==
*'''投票日''':1991年[[10月27日]]
*'''登録有権者数''':27,517,280名
出典:CIAS discussion Paper No.9 ポスト社会主義国 政党・選挙ハンドブックP17~P19、P22。なお、議席を獲得した政党の内、セイムに関しては得票率が5%未満、セナトは議席率が5%未満の政党に関しては「其の他の政党」として扱った。
 
== 脚注 ==
<references/>
== 関連書籍・外部リンク ==
*ポスト社会主義諸国の政党・選挙データベース作成研究会 編 [http://www.cias.kyoto-u.ac.jp/files/Image/pdf/ciasdp09.pdf CIAS discussion Paper No.9 ポスト社会主義国 政党・選挙ハンドブック]([[PDF]])- 京都大学地域研究統合情報センター
*[http://www.seinan-gu.ac.jp/~sengoku/database/Poland.xls ポーランドの選挙・政党データ]([[Xls]])- [[西南学院大学]]法学部教員[[仙石学]]氏のサイトより
*[[岡山大学]]経済学部教授[[田口雅弘]]著『ポーランド体制転換論 システム崩壊と生成の政治経済学』-岡山大学経済学研究業書第32冊
 
== 関連項目 ==
*[[ポーランド民主化運動]]
 
{{ポーランドの選挙}}
{{poli-stub}}
 
[[category:ポーランドの選挙|議会 1991]]
[[categoryCategory:1991年ポーランドの選挙|ほらんと議会 1991]]
[[Category:1991年の選挙|ほらんと]]
 
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