「カルロ・サルヴァトーレ・ダズブルゴ=トスカーナ」の版間の差分

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レオポルド2世と、2番目の妃である[[両シチリア王国|両シチリア]]王[[フランチェスコ1世 (両シチリア王)|フランチェスコ1世]]の娘[[マリア・アントニア・ディ・ボルボーネ=ドゥエ・シチリエ|マリア・アントニア]]の間の第5子として、[[フィレンツェ]]に生まれる。1860年にトスカーナ大公国は[[サルデーニャ王国]]に併合され(翌1861年に[[イタリア王国]]が成立)、以後トスカーナ大公家はオーストリアの[[ハプスブルク家]]宗家を頼ることになった。
 
1861年9月19日、元両シチリア王[[フランチェスコ2世 (両シチリア王)|フランチェスコ2世]](両シチリア王国も1860年にサルデーニャに併合された)の妹である従妹の[[マリア・インマクラータ・フォン・ネアペル=ジツィリエン|マリア・インマコラータ]]と、[[ローマ]]で結婚した。2人の間には11人の子供が生まれた(名前はドイツ名で記す)。
*マリア・テレジア(1862年 - 1933年) 同族の[[カール・シュテファン・フォン・エスターライヒ|カール・シュテファン]]大公と結婚
*レオポルト・ザルヴァトール(1863年 - 1931年)
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