「鳥海山大物忌神社」の版間の差分

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::従三位勳五等より[[正三位]]勳五等へ陞叙。貞観13年(871年)の大噴火沈静後、山頂社殿を再建し宿祷報祭記を行ったのを受け陞叙された。
:*『日本三代実録』 [[元慶]]2年([[878年]])8月4日の条
::[[元慶の乱|秋田夷乱(元慶の乱)]]において朝廷軍が敗退したのを受け占ったところ、古来より征戦に霊験を有する大物忌神、[[出羽三神社|月山神]]、[[小物忌神社|小物忌神]]の3神が、神気賊に帰して祈祷が届かなくなってしまったと出た。そこで爵級を増せば霊応あるべしとして、正三位勳五等を正三位[[勲等|勳三等]]に進めた。『日本三代実録』によれば、これより前の元慶2年(878年)7月10日の条で[[神封戸|神封]]2戸が加増され、4戸となっている。
:*『日本三代実録』 元慶4年([[880年]])2月27日の条
::正三位勲三等より[[従二位]][[勲等|勳三等]]へ陞叙。[[元慶の乱|秋田夷乱(元慶の乱)]]平定後、平時に復したのを受け陞叙となった。これが[[中世#日本|中世]]以前では最後の昇叙の記録であるが、『本朝世紀』天慶2年(939年)4月19日の条において[[出羽国|出羽]][[国司]]が官符を賜った時は[[正二位]]勳三等となっている。
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