「全日本野球会議」の版間の差分

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しかし、若年齢層の野球離れが深刻化する中で、野球界が発展して行くには全体を代表する組織が必要であるという認識が徐々に高まりつつあった。そして、野球がオリンピックの正式競技となることが決定するとそれぞれの組織間で垣根を減らしていく動きが顕著となってきた。
 
まず最初に動いたのはアマチュア側で、1990年に[[日本野球連盟 (社会人野球)|日本野球連盟]]と[[日本学生野球協会]]が[[全日本アマチュア野球連盟]]を設立して日本オリンピック委員会へ加盟、バルセロナオリンピックへの代表選手派遣を行った。
 
その後、プロもオリンピックの野球競技へ参加することが認められるとプロとアマチュアの統一代表チームを作る必要が生じた。しかし、それぞれの競技団体が干渉されることを嫌い、統一組織の結成はなかなか進まなかった。そこで全野球団体によって構成される会議体という方式で全組織をまとめるという案が提示され、各競技団体が了承、日本では初めてとなる野球界の統一横断組織、'''全日本野球会議'''が設立された。
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