メインメニューを開く

差分

出典を明記する方向で書き直しました
'''プロレタリアート'''({{lang-de|Proletariat}})とは、資本主義社会における賃金労働者階級のこと。個々の賃金労働者はプロレタリアと呼ばれる。雇用する側の資本家階級を指す[[ブルジョアジー]]と対になった概念で、[[カール・マルクス]]と[[フリードリヒ・エンゲルス]]が『[[共産党宣言]]』で使った例によって広く普及した。
{{出典の明記}}
'''プロレタリアート'''({{lang-de|Proletariat}})は'''無産階級'''を指す。[[カール・マルクス]]が[[共産主義]][[共産主義革命|革命]]を担う主要な政治勢力としての'''[[労働者階級]]'''と定義した。この[[階級]]に属する人をプロレタリアという。
 
==歴史==
フランスの二月革命など欧州各地で起きた[[1848年革命]]に強く影響を与えた、[[ドイツ]]の[[学者]][[ロレンツ・フォン・シュタイン]]が1842年に執筆・刊行した著書『[[今日のフランスにおける社会主義と共産主義]]』で、この語を[[資本主義]]体制下の生産手段を持たない[[貧困]][[階級]]の[[意味]]で使ったのが有意の初出とされる。
 
マルクスとエンゲルスは、1848年に刊行された『共産党宣言』の中で、「今日まであらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という歴史観を述べた。その上で、近代ブルジョア社会においては全社会がブルジョアジーとプロレタリアートに分かれていくこと(両極分解論)、そして最終的にはプロレタリア革命によってプロレタリアートが勝利し、階級対立の歴史が終わることを予言した<ref>マルクス/エンゲルス『共産党宣言』大内兵衛・向坂逸郎訳、岩波書店<岩波文庫>、1951年</ref>。
シュタインに学んだマルクスは、[[市民革命]]の主体となった財産を持った[[ブルジョワジー]](有産階級)が資本主義体制下では[[資産]]を持った[[資本家|資本家階級]](資産階級)として[[ブルジョワ民主主義]]体制下での[[支配階級]]に転じたと定義するとともに、資産を持たず収入を得る唯一の手段が自らの[[労働]]しかない人々([[賃金労働者]])をブルジョワジーに支配され対立するプロレタリアート(無産階級)に属すると定義し、共産主義革命の[[主体]]であると論じた。このマルクスの定義以降、[[マルクス主義|マルクス主義者]]だけでなく広く[[社会主義]]・共産主義運動や[[労働運動]]で労働者階級と同義として用いられることとなった。
 
エンゲルスが1895年に死んだ後、マルクス主義政党として急速に勢力を拡大していた[[ドイツ社会民主党]]において[[修正主義||修正主義論争]]が起こった。[[エドゥアルト・ベルンシュタイン]]は株式会社制度のためイギリスやフランスにおいて有産層はむしろ増えていることを指摘し、『共産党宣言』の両極分解論を否定した<ref>エドゥアルト・ベルンシュタイン『社会主義の諸前提と社会民主主義の任務』佐瀬昌盛訳、ダイヤモンド社、1974年</ref>。事実、西欧先進国においてはプロレタリア政党は権力を獲得できなかった。むしろプロレタリアートが多数を占めていないロシアや中国において革命が起こった。
社会主義革命運動により資本主義体制が打倒され[[社会主義]]体制となった国では、ブルジョワジーに代わりプロレタリアートが支配階級であるとされた(→[[プロレタリア独裁]]を参照)。
 
また、政治・労働分野だけでなく文化・芸術分野でも、プロレタリアートを主題にその利益を主張したりするものに'''プロレタリア文化・芸術'''という名で用いられた。[[プロレタリア文学]]に代表される[[社会主義リアリズム]]によるものや[[ソビエト連邦]]成立前後の一時期の[[ロシア・アヴァンギャルド]]などがこの範疇に含まれるとされる。
 
他方、社会主義運動による革命が成立せず資本主義体制が存続した国々でも体制を維持するため、労働運動により高まる労働者の賃上げ・待遇改善要求に応じ、[[参政権]]を資産の有無によって差別しない[[普通選挙]]の実施と[[福祉国家論|福祉国家]]体制に移行した。この結果、賃金労働者であっても自宅[[不動産]]や自動車などの[[耐久消費財]]、さらには多額の[[現金]]・[[預金]]だけでなく資本家の証である[[株式]]といった[[出資証券]]までも含む[[金融資産]]も保有するようになるとともに(→[[新中間層]]も参照)、[[議会]]にも自らの利益を代表する[[議員]]を送り込めるようになったので、とりわけ[[労働者]]の政治・経済的地位が向上した[[経済先進国]]では「支配され従属した無産階級」という概念の実質は大きく掘り崩されるものとなった。
 
1989年に起きた[[東欧革命]]と1991年の[[ソ連崩壊]]で[[ソビエト連邦]]や[[東欧]]の主だった社会主義体制国家が崩壊し、資本主義体制下で存続していた[[共産党]]をはじめとする数ある共産主義政党・社会主義政党も社会主義革命を目指した[[政党綱領]]を放棄し、あるいは綱領中で党がもっぱらその利益を代表するとしたプロレタリアート概念を取り下げて、特定の階級を代表しない、いわゆる[[国民政党]]へ転じたため、政治的に有意に用いられるのは存続した社会主義体制国家とその[[一党独裁制|支配政党]]にほぼ限定されるものとなった。
 
ただし、[[新自由主義]]的な経済政策のもと、正規雇用にありつけず安定した生活が送れない多くの人々が生み出され、経済先進国に出現した新たな貧困層をプロレタリアートになぞらえて不安定なプロレタリアート=[[プレカリアート]]と呼ぶようになり、この概念は姿を変えて存続している。
 
== 脚注 ==
{{Reflist}}
 
== 関連項目 ==
*[[マルチチュード]]
 
<!--
'''プロレタリア'''とは、[[マルクス主義]]の用語で、[[生産手段]]を[[私有]]しない者を指す。生産手段を私有する者に[[雇用]]されなければ、[[収入]]を得られない。[[労働者階級]]。[[無産階級]]。[[プロレタリアート]]。
 
[[世界恐慌]]以後の[[財政政策]]で、[[新中間層]]が台頭し、[[カール・マルクス]]が予言した両極分解は出現しなかった。
しかし、プロレタリア内部で階層分化が進み、[[大企業]]で[[事務職]]に従事する[[ホワイトカラー]]は、プロレタリアでありながら[[ブルジョア]]に近い[[生活]]を享受し、[[社会主義]]には無関心である。
 
一方では[[工場]]などで[[労働力]]を切り売りする伝統的なプロレタリアや、[[日雇い]]の[[ルンペンプロレタリアート]]も存在する。[[ミハイル・バクーニン]]が、最底辺のルンペンプロレタリアートこそ[[革命]]的であると主張したのに対して、[[フリードリヒ・エンゲルス]]は、ルンペンプロレタリアートは煽動に乗りやすく、[[反革命]]の温床になると述べている。しかし、20世紀のマルクス主義者は、バクーニンと同じ立場に立っている。
-->
{{共産主義}}
{{DEFAULTSORT:ふろれたりああと}}
[[category:共産主義]]
[[category:労働]]
[[Category:資本主義]]
 
{{Communism-stub}}
 
[[ar:بروليتاريا]]
807

回編集