「西遊記」の版間の差分

前述のとおり、[[清代]]には、作者は長春真人丘処機([[丘長春]])と信じられており、T・リチャード(1845年 - 1919年イギリスの宣教師バプテスト会)による初の英訳本(上海で刊、1919年)においても作者名は丘長春とされていた。呉承恩作者説は、[[魯迅]]が『中国小説史略』(1924年、訳書は[[平凡社東洋文庫]]全2巻)や「中国小説的歴史的変遷」などで提唱したもので、比較的新しい説である。それ以降、呉承恩が作者として扱われることが多いが、証拠はない。日本では太田辰夫や中野美代子が、研究によりこの説を否定しており、『世界文学事典』([[集英社]])でも、「小説『西遊記』の版本に、呉承恩の名前や別号を記したものがないため、呉承恩の『西遊記』が、小説の西天取経物語を指すのか、あるいはその戯曲、あるいは全く別の紀行文を指すのか、現在まだ定説はない」、「(呉承恩は西遊記の)最大限改編者であり得ても、<作者>ではない」と書かれている。日本では現在、太田辰夫らが訳した平凡社版でも、中野美代子が完訳した岩波文庫版でも原作者名が書かれていないが、『金陵世德堂版西遊記』を定本に清の6種の本に基づき、君島久子が校訂し瀬川康男と共訳した児童向けの『西遊記』(改訂版が[[福音館]]文庫全3巻、2004年)など、呉承恩作と記されている出版物も少なくなく、呉承恩作者説は未だ一般に広く流布している。21世紀に入った今日まで、西遊記の作者が誰なのかは決定的な確説は出ていない。
 
== 主要登場人物キャラクター ==
{{ネタバレ}}
; [[孫悟空]](そん ごくう)