「ジ・アンダーテイカー」の版間の差分

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[[アメリカ合衆国]][[テキサス州]][[ヒューストン]]生まれ。[[ギミック (プロレス)|ギミック]]上の出身地は[[デスヴァレー|死の谷]]とされている。リングネームのundertakerは'''墓堀人'''(本来の意味は葬儀屋)を意味する。番組やファンの間ではテイカーと略されることが多い。
 
その豊富な経験と実績でバックステージでの同僚のレスラーのリスペクトは高く、リーダー格の地位にある。入場・試合等での圧倒的な存在感からファンの人気も高く、[[ヒール (プロレス)|ヒール]]を演じていても[[ブーイング]]が歓声にかき消されるほどである<ref>絶大な人気を誇る[[ハルク・ホーガン]]と敵対する極悪非道のヒールを演じる場合でさえも、ブーイングを上回る大歓声を受けた。また、[[カート・アングル]]は「プロレスの歴史においてハルク・ホーガン、[[ストーン・コールド・スティーブ・オースチン]]、[[ザ・ロック (プロレスラー)|ザ・ロック]]をはじめ、[[ショーン・マイケルズ]]や[[トリプルH]]、[[エディ・ゲレロ]]に[[クリス・ベノワ]]、そして僕もトップリストに入る。だがテイカーは別格だ。彼らも僕も素晴らしいが、僕の知る限りアンダーテイカーこそが史上最高のレスラーだ。テイカーの存在全てがWWEを特別なものにしているんだ。これほど長い間WWEが成功しているのは長年テイカーがトップでWWEを率いてきたからだ」と大絶賛している。</ref>。安定したレスリングテクニックもさることながら、当たり外れの大きい怪奇派ギミックを完璧にこなし、WWEで人気を得るための最も重要な要素であるマイクアピールを殆どせずに入場するだけで自分のペースに巻き込んでしまう<ref>このような観点から、アンダーテイカーこそが、数少ない怪奇派の完成された形の一つであるとする声も強い。</ref>。
 
逆に、その圧倒的存在感がゆえに、王座戦線への絡みにくさ(一旦王座に就いたテイカーに負けブックを組むのが困難であること)<ref>そのためか、王座戦線とは縁遠く、長いキャリアと実力の割には最高位の王座歴は6度しかない。</ref>や対戦に値するレスラーの少なさが泣き所といえる<ref>目下のところ、ブランド最上位の王座を安定して保持する実力のレスラーが主なテイカーの好敵手となっている。しかし2003年には当時のWWE王者[[ブロック・レスナー]]とUS王者ビッグ・ショーの二人を相手にテイカー1人が1対2のハンディキャップ戦を戦い、それでもテイカーが勝ったことからも分かるように、テイカー相手にフォール勝ちのブックを組むことがいかに重大なことかが表れている</ref>。現在のWWEを世界最大のプロレス団体にまで押し上げた最大の貢献者という意見もある。WWE最大の祭典[[レッスルマニア]]では無敗の17連勝という記録を続けている。墓堀人ギミックの時は「雷を落とす」「敵の背後に姿を現し、後ろを振り返った瞬間に再び姿を消す」「敵の友人の顔が突然、血だらけになる幻が見える」などの超常現象を操れる魔力を持つというギミックがあり、魔力で敵を翻弄することから「'''心理戦の達人'''(''master of mind games'')」とも呼ばれる。
[[ドン・ジャーディン]]のコーチを受けて、[[1984年]]に[[ダラス]]のWCCW([[フリッツ・フォン・エリック]]主宰)にて[[ブルーザー・ブロディ]]を相手にデビュー。当時の[[リングネーム]]は'''テキサス・レッド'''だった。その後、[[メンフィス (テネシー州)|メンフィス]]のCWA(後にWCCWと合併してUSWAと改称)に転戦し、'''マスター・オブ・ペイン'''のリングネームで活躍。[[1989年]]4月には[[ジェリー・ローラー|ジェリー・ザ・キング・ローラー]]を破りUSWAユニファイド世界ヘビー級王座を獲得。同年10月、[[覆面レスラー]]の'''ザ・パニッシャー'''に変身してUSWAテキサス・ヘビー級王座も奪取した。
 
その後は初期の[[WCW]]に移籍、[[ポール・ヘイマン|ポール・E・デンジャラスリー]]や[[セオドア・ロング|テディ・ロング]]を[[マネージャー (プロレス)|マネージャー]]に、'''マーク・キャラス'''の名で[[ダニー・スパイビー]]とのスカイ・スクレイパーズなどで活動するがパっとせず退団。この間、[[1990年]]3月に'''パニッシャー・ダイス・モーガン'''名義で[[新日本プロレス]]に初来日、[[スコット・ホール]]と組んで[[マサ斎藤]]&[[橋本真也]]の[[IWGPタッグ王座]]に挑戦している。当時はショートパンツにセミロングと、現在では想像もつかないようないでたちだった。
 
=== 1990年-1999年 ===
[[1990年]]11月よりWWFに登場。怪奇派[[ヒール (プロレス)|ヒール]]の'''ジ・アンダーテイカー'''に変身し、[[サバイバー・シリーズ]]にて[[テッド・デビアス]]軍のメンバーとしてデビュー。当初は言葉を話さない設定であったため[[ブルース・プリチャード|ブラザー・ラブ]]がマネージャーに付き、後に[[ポール・ベアラー]]に替わった。[[1991年]]からは[[ハルク・ホーガン]]や[[アルティメット・ウォリアー]]などトップ選手のライバルに抜擢され、同年のサバイバー・シリーズでは[[リック・フレアー]]の介入もあってホーガンを破り[[WWE王座|WWF世界ヘビー級王座]]を獲得。しかし6日後にホーガンに王座を取り戻されている。
 
その後は彼出現以前のWWF一の怪奇派であった[[ジェイク・ロバーツ]]と組み、[[ランディ・サベージ]]などと抗争。[[1992年]]にロバーツと仲違い間割れて[[ベビーフェイス (プロレス)|ベビーフェイス]]に転向4月の[[レッスルマニア#第8回大会(1992年)WrestleMania VIII|レッスルマニア8]]でも対戦にてロバーツを撃破、勝利。この頃より、骨壷から発せられるパワーを封じ込められてそれが無いと力を発揮できない、という[[ギミック (プロレス)|ギミック]]が加わる。[[1992]]下期には[[カマラ (プロレスラー)|カマラ]]との抗争において、彼の代名詞となる棺桶マッチが発明されるも実現した。[[1994年]]1月、[[ロイヤルランブル]]で[[ロドニー・アノアイ|ヨコズナ]]との棺桶戦に敗れ、「昇天」したため長期欠場。
 
同年のサマースラムで復帰し、当時デビアスの配下として働いていた[[ブライアン・ハリス|偽アンダーテイカー]](''Evil Undertaker'')を下す。約一年間、デビアス派閥ミリオンダラー・コーポレーションと抗争。[[1996年]]には[[ブレット・ハート]]との王座戦を妨害されたことを発端に[[レッスルマニア#第12回大会(1996年)WrestleMania XII|WrestleMania XII]]で[[ケビン・ナッシュ|ディーゼル]]と対戦して勝利。なお、この少し前に鼻骨を骨折したため、『[[オペラ座の怪人]]』風のフェイスマスクを着けて試合を行っていた時期がある。
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