「カレリア戦線」の版間の差分

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1944年2月、スヴィリ川を防衛していた第7独立軍がカレリア戦線に復帰した。同年6月~8月、カレリア戦線は、レニングラード戦線、[[バルト艦隊]]、ラドガ小艦隊及びオネガ小艦隊と協同で、ヴイボルグ・ペトロザヴォ-ツク戦略作戦を実施した。10月、北洋艦隊と協同で、ペツァム・キルケネス戦略作戦を行い、極圏とカレリアを解放し、[[ノルウェー]]及び[[フィンランド]]との国境を回復した。
 
1944年11月15日、11月7日付参謀本部令に基づき解散。配下部隊は、他の2個戦線に移管された。指揮機関は極東に移り、1945年、極東ソビエト軍沿海集団(後に[[第1局問う極東戦線 (ソ連軍)|第1極東戦線]])の基盤となった。
 
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