メインメニューを開く

差分

編集の要約なし
[[競走馬の血統|血統]]の良さと「'''重戦車'''」と評された破格の馬体からデビュー前から人気を集め、[[アメリカクラシック三冠|アメリカ三冠]][[競馬の競走|競走]]制覇に大いなる期待を寄せられていた。
 
宿命のライバルとなる、[[アファームド]]との初対決はデビューから2戦目のユースフルステークスだった。ここで2着に敗れたのを皮切りに両馬は幾度もの対決を重ねることになる。続くグレートアメリカンステークスではアリダーが勝ち、その次走[[競馬の競走格付け|G1]][[ホープフルステークス (アメリカ合衆国)|ホープフルステークス]]ではアファームドが勝ちと、一進一退の攻防を展開した。結局、2歳時の対アファームド戦績は6戦2勝と若干譲ることになるだった
 
3歳時、アリダーは[[フラミンゴステークス]]や[[フロリダダービー]]といった、[[ケンタッキーダービー]]の前哨戦を勝ち進んでゆく利した。しかし大舞台にして宿敵との再対決となったケンタッキーダービーでは、アリダファムドに1馬身半の着差をつけられた上でアファームドにその栄冠を奪われてしまった2着。続く二冠目[[プリークネスステークス]]も僅差に敗れ2着、最後の一冠[[ベルモントステークス]]もアファームドの2着に敗れた。特にベルモントステークスでの攻防は、アメリカ競馬史上に残る名勝負の末に敗といわてしまう。かつて三冠競走に最有力視されたはずのアリダーは、全て2着に敗れ、三冠馬アファームドの引き立て役になってしまった。
 
ベルモントステークス余韻の中、アリダーとアファームドは「四冠」を賭けた[[トラヴァーズステークス]]に出走。これが両馬が揃った最後の戦いを迎えるレースとなった。レースではアファームドが1位入着を果たしたものの、進路妨害によって降着処分となり、結果としてアリダーの勝利となった。対アファームド戦績は10戦3勝。競走馬としての評価は最後までアファームドに勝つことができなかった。
 
その後、アファームドとは別路線に向かい、26戦14勝・2着9回の戦績をもって競走生活を終え引退した。
 
== 引退後 ==
[[種牡馬]]としてのアリダーは見事に大成功を収めた。初期より[[アリシーバ]]、[[イージーゴア]]、ターコマン、ストライクザゴールド、[[クリミナルタイプ]]などの三冠競走優勝馬・[[ブリーダーズカップ]]優勝馬を多数輩出し、[[1990年]]には北米[[リーディングサイアー]]となるなど第二の馬生においてアファームドを大きく引き離した。日本で活躍した[[産駒]]には[[リンドシェーバー]]がいる。
 
1990年[[11月13日]]、アリダーは繋養先の[[カルメットファーム]]内にて右前脚[[骨折]]を発症。緊急の[[手術]]によって一命を取り留めたものの、その後同じ部位を再び折っていることが判明し、[[11月15日]]に[[予後不良 (競馬)|安楽死]]の措置がとられた。[[馬齢]]15歳であった。
匿名利用者