「ラパッロ条約 (1922年)」の版間の差分

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==影響==
この条約は[[第一次世界大戦]]と[[ロシア革命]]から続いていた両国の外交的孤立を終らせた。
両国ともヴェルサイユ条約のためにかなりの領域と政治的影響力を失ったことから<ref>ドイツはすべての海外植民地と土の13%を失った。『日中戦争はドイツが仕組んだ』18頁</ref>、ラパロ条約は西側に対して反ヴェルサイユ連合を形成することを意図していた。西側には両国政府の国際的な立場を強化するものとして不安なことと受取られた。
 
ワイマール連合([[:en:Weimar Coalition|Weimar Coalition]])の一員である[[ドイツ社会民主党]]が[[ローザ・ルクセンブルク]]と[[カール・リープクネヒト]]の殺害を含めた[[ドイツ共産党]]への残忍な抑圧に関与し続けていたにも関わらず、[[共産主義]]国家との良い関係を交渉し、維持するというドイツ政府の決定は[[ワイマール共和国]]の多くの保守と極右のグループにとっても警戒すべきことであった。
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