「ハインリヒ・シュッツ」の版間の差分
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== 生涯 ==
[[1599年]]、14歳のシュッツは、[[カッセル]]のモーリッツ侯に見出されて、カッセルの[[ギムナジウム]]に入った。卒業後、侯の奨学金を得て、[[1609年]]にイタリア([[ヴェネ
== 特徴 ==
シュッツの[[受難曲]]はドイツ風の[[聖書物語音楽]]の形式を基礎とし、これにイタリア風[[オラトリオ]]の形式を加味したものである。[[ヴ
== 主作品 ==
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*オラトリオ 十字架上の7つの言葉 Die Sieben Worte Jesu Christi am Kreuz SWV 478(1645年)
*Symphoniae sacrae I SWV 257-276(1629年)、II SWV 341-367(1647年)、III SWV 398-418(1650年)
*宗教的合唱曲(29曲の[[モテット]])Geistliche Chormusik SWV369-397(1648年)
*[[マタイ受難曲]] Matthaus Passion SWV479(1666年)
*[[ルカ受難曲]] Lukas Passion SWV480(1653年頃)
*[[ヨハネ受難曲]] Johannes Passion SWV481(1665/66年)
*[[歌劇]] Daphne(1627年))
*ドイツ[[マニフィカト]] Deutsches Magnificat SWV494(1671年)
== 参考文献 ==
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