「チェスター・カールソン」の版間の差分

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(en:Chester Carlson(2009年11月18日 10:58:43(UTC))の翻訳)
 
そこで、オーストリアでの[[ナチズム]]の台頭から逃げてきた移民の物理学者 Otto Kornei を助手として雇った。二人は[[ニューヨーク]]市[[クイーンズ区]]アストリアの自宅の奥の部屋を実験室にした。
 
1938年10月22日、彼らは記念すべき大進歩を成し遂げた。Korneiは[[スライドガラス]]に[[インディアンインク]]で 10.-22.-38 ASTORIA. と書いた。そして[[硫黄]]を塗布した[[亜鉛]]板を用意し、部屋を暗くして硫黄の表面をハンカチでこすって[[静電気]]をため、スライドガラスを亜鉛板に載せ、それを明るい白熱灯で照らした。そしてスライドガラスを取り除き、[[ヒカゲノカズラ]]の胞子を硫黄塗布面にふりかけ、くっついていないものを息で吹き飛ばし、残ったイメージを[[パラフィン紙]]に写し取った。パラフィン紙を熱すると蝋が溶け落ち、初めてほぼ完全な複写が完成した。実験を数回繰り返し、彼らは祝いのランチに出かけた。
 
1942年10月6日、カールソンの電子写真法の特許が発効した<ref>{{US patent|2297691}} "Electrophotography".</ref>。
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