「美作三浦氏」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
編集の要約なし
3行目:
[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]に入ると、三浦氏は「滅亡」と「復興」を繰り返す[[戦国大名]]となる。まず、[[出雲国|出雲]]の[[尼子晴久]]の侵攻をたびたび受けたが、[[三浦貞久]]はこれを何度も撃退していた。しかし[[1548年]]、貞久が病死した隙を突かれて晴久に城を落とされ、三浦氏は一時滅亡する。だが、貞久の子・[[三浦貞勝]]は旧臣をかき集めて高田城の奪回に成功し、三浦氏を再興した。しかしその貞勝は[[1565年]]に[[三村家親]]に攻められて討たれ、またも三浦氏は滅亡する。
 
その後、貞勝の弟・[[三浦貞広]]と貞久の弟・[[三浦貞盛]]が、[[三村家親]]の死に乗じて高田城を奪回し、三浦氏を再興する。しかし[[尼子氏|尼子]]の残党であった[[山中鹿介幸盛]]と手を結んだため、[[毛利元就]]の侵攻を受けて滅亡する。しかし貞広の執念は凄まじく、[[1570年]]に再び高田城を奪回して三浦氏を再興する。だが、再び[[毛利氏]]の侵攻を受けて遂に滅亡した。
 
== 三浦氏の一族 ==