「京都市左京区の町名」の版間の差分

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区の中部から北部は人口密度の低い山間部である。東には[[国道367号]](鯖街道、若狭街道)が通り、[[比叡山]]の西の登り口である八瀬地区、[[三千院]]や[[寂光院]]のある大原地区を通って若狭方面へ通じている。西には[[京都府道38号京都広河原美山線]](鞍馬街道)が通り、[[鞍馬寺]]のある鞍馬地区、花脊、広河原を通って南丹市方面へ通じている。区の最北端の[[久多]]地区はかつて京都府[[愛宕郡]](おたぎぐん)に属したが、地理的には東の滋賀県方面とのつながりが強い。
 
当区は昭和4年(1929年)、当時の上京区から分区して成立したものである。成立当時の区域は下鴨各町、北白川各町を含んでそれより南の地区のみであった。昭和5年(1930年)に東山区との区境変更があり、区南端の粟田口地区の一部が東山区に編入された。昭和6年に愛宕郡修学院村と松ケ崎村、昭和24年(1949年)に同郡[[岩倉村 (京都府)|岩倉村]]、八瀬村、大原村、静市野村、鞍馬村、花脊村、久多村を編入した。昭和32年(1957年)には[[北桑田郡]][[京北町]]の一部(大字広河原)を編入し、現在の区域となった。
 
== 町名の概要 ==
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「'''[[岩倉 (京都市)|岩倉]]'''」を冠称する町名は、もとの愛宕郡[[岩倉村 (京都府)|岩倉村]]で、昭和24年(1949年)、左京区に編入された。岩倉村には岩倉、中、長谷、幡枝、花園の5つの大字があったが、このうち大字岩倉は昭和24年、「岩倉」を冠称する9町に編成され、残余の4大字は岩倉中町、岩倉長谷町、岩倉幡枝町、岩倉花園町となった。その後、土地区画整理事業実施に伴い、昭和55年(1980年)、南三宅町、中・西大鷺町、南四ノ坪町、南桑原町、東・西五反田町、東・西宮田町、南平岡町、北・南池田町の12町が成立し、「岩倉」を冠称する町は25町となっている。
 
「'''八瀬'''」を冠称する町名は、もとの愛宕郡八瀬村で、昭和24年(1949年)、左京区に編入された。八瀬村には大字はなく、旧村域は昭和24年、「八瀬」を冠称する4町に編成された。