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第2期のブルボン家は、マオーとギィ2世の子アルシャンボー8世によって1218年に始まる。弟は[[フランドル伯|フランドル女伯]]マルグリット2世と結婚したギヨーム2世・ダンピエールである。アルシャンボー8世の子アルシャンボー9世は、1249年に[[十字軍]]に参加し、[[キプロス]]で死去した。男子継承者のなかったブルボネーは[[ブルゴーニュ家]]へ渡った。
 
1272年、ブルボネー領主ベアトリス・ド・ブルゴーニュ(アルシャンボー9世の娘アニェスと、ブルゴーニュ公[[ユーグ4世 (ブルゴーニュ公)|ユーグ4世]]の子ジャンを両親に持つ)は、フランス王子・[[ロベール (クレルモン伯)|クレルモン伯ロベール]]([[ルイ9世 (フランス王)|ルイ聖王]]の子)と結婚した。2人の間に生まれた[[ルイ1世 (ブルボン公)|ブルボン公ルイ1世]]が、長きにわたる、そして現在一般に[[ブルボン家]]として知られる家系の祖となった。[[フランスブルボン朝|フランスのブルボン朝]]は[[アンリ4世 (フランス王)|アンリ4世]]によって始まり、1848年の[[ルイ・フィリップ (フランス王)|ルイ・フィリップ]]の退位まで続いた。
 
ブルボン家は王家の構成員との同盟関係を結んでいた。彼らは王の奉仕として自軍を派遣し、ブルボネーの地理的位置から恩恵を得ていた(ブルボネーは王領と[[アキテーヌ]]公領、[[オーヴェルニュ]]の間に位置していた)。ベアトリスとクレルモン伯の結婚同様この同盟関係は、地域の地位向上と繁栄を助けた。1327年、当時の王[[シャルル4世 (フランス王)|シャルル4世]]によって、ブルボン家は公爵位を授けられた。
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