「富の再分配」の版間の差分

[[19世紀]]から[[20世紀]]にかけての欧米諸国では、拡大しすぎた貧富の差とそれに伴う様々な社会矛盾を解消・緩和するため政府による福祉政策の充実が進んでいった。そして20世紀中期-後期までにヨーロッパ諸国では、[[福祉国家]]の建設が目指されるようになった。こうした福祉国家政策は当時、先進諸国の国民からは大いに歓迎され、 20世紀の大衆消費社会を成立させ、いくつかの国では高度経済成長をもたらす原動力ともなった。
 
福祉国家体制は大きな財政負担を伴うものでもあり、[[1960年代]]から[[1970年代]]にかけて、先進各国の国家財政は次第に悪化していった。[[1980年代]]からは[[ミルトン・フリードマン]]などの主張にもとづいて、アメリカや英国を中心として福祉国家政策が見直され、経済社会における所得再分配の機能を抑制し、経済競争を重視する政策が採用されるようになった。[[累進課税]]はしだいに弱められ、[[人頭税]]の導入も企てられた。ただしアメリカ合衆国では、伝統的に所得再分配に否定的な価値観が根強く、高度な福祉国家的政策がとられたことはない。また、イギリスでも[[マーガレット・サッチャー|サッチャー]]政権期に人頭税導入が打ち出されたものの、[[国民]]の激しい反発に遭い頓挫した
 
日本でも、再分配機能の高度化による経済非効率が見られ始めたとマスコミ及び学者の間で主張されるようになり、1980年代前期には[[中曽根康弘|中曽根内閣]]による精力的な行政改革が行われたが、英国ほど徹底したものではなく、[[1990年代]]に[[小沢一郎]]らがより本質的な改革を主張するに至った。橋本行革に続き[[2000年代]]に入ると[[小泉内閣]]によって極端な再分配抑制策が継続されるようになり、階層の固定化が懸念されるようになった。
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