「江崎洋一郎」の版間の差分

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|[[比例南関東ブロック]]
|3回
|([[民主党]])→([[保守新党]])→<br />[[自由民主党]][[山崎派]]
|神奈川県支部連合会常任顧問<br />神奈川県第12選挙区支部長
|
しかし、[[2002年]][[12月25日]]に[[熊谷弘]]、[[佐藤敬夫]]らと共に民主党を離党し、[[保守新党]]に参加。その際、[[小泉純一郎]]首相から「江崎君、ぼくは君のお父さんには世話になった。[[藤山愛一郎|藤山]]派で君のお父さんと僕の親父は一緒だった。選挙区もぼくの2つ隣り。君の評判はよく聞いているよ」と携帯電話で民主党離党を説得されたといわれる。
 
[[2003年]]、選挙区事情から[[第43回衆議院議員総選挙|総選挙前]]に自民党に移り、籍。小選挙区を桜井郁三に譲り、比例代表南関東ブロック単独2位で当選。保守新党の元所属議員らが立ち上げた[[二階派]]ではなく、[[山崎派]]に入会する。[[2005年]]の[[第44回衆議院議員総選挙|総選挙]]でも同じく衆議院比例代表南関東ブロック2位で当選する。
 
[[2006年]][[6月]]、[[佐藤ゆかり]]衆議院議員と神楽坂のフレンチレストランで会食していた模様を[[週刊新潮]]にスクープされ、不倫デートと報じられた。江崎のボディータッチについて、佐藤は「散発的な不規則行為」「不倫ではなくセクハラ」とTVやHPで反論。その後、江崎は離婚。
 
[[2009年]][[8月30日]]、[[第45回衆議院議員総選挙|衆院選]]に、小選挙区は桜井に譲り、自民党比例代表南関東ブロック32位での立候補となったが、落選した。
 
*== [[日韓所属する議員連盟]] ==
* [[速やかな政策実現を求める有志議員の会]]
* [[日韓議員連盟]] 幹事
* [[再チャレンジ支援議員連盟]]
 
== 著作 ==
*2002「解説 不良債権処理を促進するため、RCCの積極活用を提言する-早期の産業再生のためには金融機関に不良債権売却損の分割償却を認めることも必要-」『金融財政事情』53(27) (通号 2513)、32~37ページ。
*2002「レクチャー&ディスカッション 金融再生への処方箋 (特集 日本経済と雇用の再生、経済・雇用危機、今、議事堂から熟議をおこす)」Discussion journal『民主』(1) 06] 50~59ページ、翁 百合、松本 剛明らと共著。
 
== 所属団体 ==
* [[近未来政治研究会]]
* [[速やかな政策実現を求める有志議員の会]]
* [[日韓議員連盟]]
 
== 関連項目 ==
* [[自由民主党国会議員一覧]]
* [[佐藤ゆかり]] 
* [[近未来政治研究会]]
 
== 外部リンク ==
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