「国際寝台車会社」の版間の差分

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第一次世界大戦が終わるとワゴン・リ社は直ちに列車の運行を再開した。[[1920年代]]には[[アール・デコ]]調の内装に青地に金帯の車両が多数製作された。また[[1928年]]には[[トーマス・クック・グループ|トーマス・クック社]]を買収した。
 
[[1931年]]には車両数は2,268両に達した。この時期にはヨーロッパ全域のほか、[[北アフリカ]]、[[ベルギー領コンゴ]]、[[アンゴラ]]、トルコ、[[シリア]]、[[パレスチナ]]で列車を運行していた。客層も大衆化し、[[アガサ・クリスティー]]の『[[オリエント急行殺人事件]]』のように列車が文学や映画のテーマとなった。
 
しかし[[第二次世界大戦]]が勃発すると、国際列車は再び運休に追い込まれた。