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差分

[[ポーリン・ケール]](Pauline Kael)同様、彼は映画に対して「不健全な政治的主張がある」として批判することもある。権威・権力をバックにした暴力を描く映画に対する嫌悪も強い。特に『[[ダーティハリー]]』など、法的手続きを無視して行動する1970年代の警官映画や法廷映画のいくつかを「ファシスト」とすら表現したこともある。また彼は偽善的な主張をする映画、たとえばどぎつく扇情的な内容ながら、アート映画だからと批判を避けようとするような映画(彼によれば『[[ブルーベルベット]]』や『[[愛の嵐 (映画)|愛の嵐]]』など)にも懐疑的な評を書くこともある。
 
エバートの評は、例えば1988年の『[[ダイ・ハード]]』に書いた酷評のように、映画界や観客全体の評価とは衝突することが多い。彼は特にひどいと思った映画にはあざけるような[[皮肉]]を書くが、それでも直接的にけなすことがある。1994年の[[ロブ・ライナー]]監督の『[[ノース/ちいさな恋人]]』に書いた評の一節は、この監督のキャリアを評価してきただけに内容が激烈となり今でも有名である。
:「ぼくはこの映画が嫌いだ。この映画が大大大大大嫌いだ。大嫌いだ。この映画のにやついた、馬鹿馬鹿しい、空っぽの、観客を傷つける、全ての場面が嫌いだ。みんながこれを気に入るだろうと思うその感性が嫌いだ。この映画でみんな楽しめるだろうと思う、観客を馬鹿にした信念が透けて見えるのが嫌いだ。」[http://rogerebert.suntimes.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/19940722/REVIEWS/407220302/1023 『ノース』のレビュー、星0個]
 
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