「レキシントン・コンコードの戦い」の版間の差分

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メリアムズ・コーナーを過ぎて約1マイル (1.6 km)進むとブルックス・ヒルの森の中に500名近い民兵が集まっていた。スミスは1隊を率いて丘を駆け上がり民兵を追い払おうとしたが、民兵は1歩も引かなかった。一方でスミスの残り部隊は道端にあったブルックス酒場まで進んでフラミンガムからの民兵1個中隊と交戦し、数名を死傷させた。スミスはブルックス・ヒルから撤退しリンカーンに向かうもう一つの小さな橋を越えた。
 
[[画像:Minuteman-250pxMinute Man Statue Lexington Massachusetts cropped.jpg|thumb|right|ジョン・パーカー大尉の像]]
まもなくイギリス軍は道が湾曲した所(「血の曲がり角」)で、ベドフォードやリンカーンから集まった200名の民兵に出くわした。民兵のいた場所は1600年代中頃から木を伐採していない斜面であり、下は平原に広がっていた。民兵は斜面の木の陰や岩の多い木で埋められた牧草地の壁の陰に待ち伏せていた。道の反対側からも民兵が集まりイギリス軍に十字砲火を浴びせた。さらに後方からも別の部隊が到着して攻撃を始めた。ここで8名のイギリス兵と4名の植民地民兵が戦死した。イギリス軍は速歩に移り、愛国者達が森や沼を抜けていくよりも早くこの地点を突破した。イギリス軍の後方にいた愛国者達は密集し過ぎており、戦列も乱れていたのでうまく攻撃を掛けられなかった。