「ブリオッシュ」の版間の差分

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{{要出典範囲|トスカーナは1760年当時、マリー・アントワネットの父である[[フランツ・シュテファン]]が所有しており、その後もハプスブルク家に受け継がれたことから、こじつけの理由の一端になった}}、ともされる。
 
{{要出典範囲|当時のフランス法には、「食糧難の際にはパンとブリオッシュを同じ値段で売ること」となっていた}}との説もあり、{{要出典範囲|そのことがこの発言伝説の下敷きのひとつになった}}とも言われる。ちなみに、{{要出典範囲|ブリオッシュが[[バター]]や[[卵]]を利用したお菓子とほぼ同じとみなされるパンを示すようになったのは18世紀後半からであり、18世紀初頭まではチーズやバターなどの各地方の特産物を生地に混ぜて栄養性と保存性を高めた保存食という乾パン的位置づけであったため、}}。の元ネタとなる発言は時代によって大きく意味と「パンる}}。{{要出典範囲|そのため、ルイ16世の妃ければブリオッシュを」との発言説だと、当時の為政者としてはごく当たりが1700年代な(むしろ民衆を気遣う内容半のも)発言であったの人間が歪曲して引用しものであっかにより、意味合うことにが異ってく}}、と可能性言われる。
 
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