「バージニア・ウェード」の版間の差分

この人も過渡期の選手。インフォボックス内の情報、不完全やむなし
(この人も過渡期の選手。インフォボックス内の情報、不完全やむなし)
[[Category:女子{{テニス選手]]
|選手名(日本語)=バージニア・ウェード
|写真=
|写真サイズ=
|写真のコメント=
|選手名(英語)=Virginia Wade
|フルネーム(英語名)=Sarah Virginia Wade
|愛称=Our Ginny (われらのジニー)
|国籍={{GBR}}
|出身地=同・ボーンマス
|居住地=
|誕生日={{生年月日と年齢|1945|7|10}}
|没年日=
|死没地=
|身長=170cm
|体重=61kg
|利き手=右
|バックハンド=
|デビュー年=1962年
|引退年=1986年
|ツアー通算=
|シングルス=55勝(WTAツアータイトルのみ)
|ダブルス=
|生涯通算成績=
|シングルス通算=
|ダブルス通算=
|全豪オープン=優勝(1972)
|全仏オープン=ベスト8(1970・72)
|ウィンブルドン=優勝(1977)
|全米オープン=優勝(1968)
|優勝回数=3(豪1・英1・米1)
|全豪オープンダブルス=優勝(1973)
|全仏オープンダブルス=優勝(1973)
|ウィンブルドンダブルス=準優勝(1970)
|全米オープンダブルス=優勝(1973・75)
|ダブルス優勝回数=4(豪1・仏1・米2)
|全豪オープン混合ダブルス=
|全仏オープン混合ダブルス=
|ウィンブルドン混合ダブルス=
|全米オープン混合ダブルス=
|混合ダブルス優勝回数=
|シングルス最高=2位
|ダブルス最高=
}}
'''バージニア・ウェード'''('''Virginia Wade''', [[1945年]][[7月10日]] - )は、[[イギリス]]・[[ボーンマス]]出身の女子[[テニス]]選手。[[1977年]]の[[ウィンブルドン選手権|ウィンブルドン]]女子シングルス優勝者で、同選手権大会における現時点で最後のイギリス人優勝者として知られる。イギリスの人々には“Our Ginny”(われらのジニー)と呼ばれて敬愛されている。[[WTA]]ツアーでシングルス通算55勝を挙げた。[[グランドスラム (テニス)|4大大会]]では女子シングルス3勝・女子ダブルス4勝を獲得した。
 
ウェードの競技経歴は[[1962年]]から始まり、彼女はそれから6年後の[[1968年]]に23歳で「プロテニス選手に転向した[[1968年]]は、[[テニス]]の歴史の中でも最大の転換期に位置する。この年に[[グランドスラム (テニス)|テニス4大大会]]の「オープン化措置」が実施され、「[[1968年全仏オープンテニス|全仏オープン]]」からプロ選手たちの4大大会出場の道開か解禁された。それ以前は、4大大会の出場資格はアマチュア選手のみに限定されていた。成功を収めた多くの一流選手たちがプロに転向したため、世界一の威信を誇るウィンブルドン選手権でさえも、世界最強レベルの選手の姿が消えるジレンマが長期間続いていた。そのため、オープン化」という措置によってプロ選手にも4大大会出場の道を開いたのである。その年に、ウェードはアマチュア選手として故郷の[[ボーンマス]]で開かれた「全英ハードコート選手権」で優勝する。その5ヶ月後、ウェードはプロ選手として[[1968年全米オープンテニス|全米オープン]]で4大大会初優勝を飾る。決勝で[[ビリー・ジーン・キング]]夫人([[アメリカ合衆国|アメリカ]])を 6-4, 6-2 で破り、「オープン化時代大会」としての同選手権最初の優勝者になった。(注:[[1968年全米オープンテニス|1968年]]と[[1969年全米オープンテニス|1969年]]の2年間は、暫定措置として全米選手権大会が2度開催された。9月に行われた「オープン化時代大会」(英語:Open Era Grand Slam)の優勝者が大会公認の優勝者として記載されるため、1968年はウェードが正式な優勝者として扱われる。詳しくは[[全米オープンテニス女子シングルス優勝者一覧]]も参照。)[[1972年]][[1972年全豪オープンテニス|全豪オープン]]で、ウェードは4年ぶりなる4大大会2勝目を挙げた
 
[[1972年]]の[[1972年全豪オープンテニス|全豪オープン]]で、ウェードは4年ぶりとなる4大大会2勝目を挙げ、地元[[オーストラリア]]の新進選手だった[[イボンヌ・グーラゴング]]を 6-4, 6-4 のストレートで下した。
 
[[1973年]]、バージニア・ウェードは女子ダブルスで[[マーガレット・スミス・コート|マーガレット・コート]]とペアを組み、[[1973年ウィンブルドン選手権|ウィンブルドン]]を除く4大大会女子ダブルス年間3冠を獲得した。ウェードとコートは、[[1975年全米オープンテニス|1975年全米オープン]]で2年ぶり2度目の女子ダブルスがある。(コート夫人はこの大会を最後に競技生活から引退した。)すべてコート夫人との組み合わせで、ウェードはグランドスラム大会の女子ダブルスに4勝を挙げた。
!年!!大会!!対戦相手!!試合結果
|-style="background: #CCF;"
| '''[[1968年]]''' || '''[[1968年全米オープンテニス|全米オープン]]''' || {{flagicon|United StatesUSA}} [[ビリー・ジーン・キング]] || 6-4, 6-2
|-style="background: #CFF;"
| [[1972年]] || [[1972年全豪オープンテニス|全豪オープン]] || {{flagicon|AustraliaAUS}} [[イボンヌ・グーラゴング]] || 6-4, 6-4
|-style="background: #CF9;"
| [[1977年]] || [[1977年ウィンブルドン選手権|ウィンブルドン]] || {{flagicon|NetherlandsNED}} [[ベティ・ストーブ]] || 4-6, 6-3, 6-1
|-
|}
 
== 外部リンク ==
* {{ITHF|113|バージニア・ウェード}}
* [http://www.tennisfame.com/famer.aspx?pgID=867&hof_id=113 国際テニス殿堂(英語)]
* {{WTA|id=8881|name=バージニア・ウェード}}
* {{Fed Cup|20003874|バージニア・ウェード}}
* [http://www.fedcup.com/teams/player.asp?player=20003874 フェデレーションカップ成績表]
* [http://www.itftennis.com/womens/players/player.asp?player=20003874 ITFプロフィール]
{{全豪オープン女子シングルス優勝者}}
[[Category:イギリスのテニス選手]]
[[Category:イングランドのテニス選手]]
[[Category:女子テニス選手]]
[[Category:国際テニス殿堂入りの人物]]
[[Category:1945年生]]
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