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[[民族移動時代]]に現れた[[スエビ族]](スウェイビア / シュエビ族)が名称の由来。その故地とされるが、歴史的にはむしろ[[アラマンニ人]]の領域とほぼ重なり、用いられる言語も[[アレマン語]]の系統に属する[[シュヴァーベン語]]である。
 
中世には[[シュヴァーベン大公|シュヴァーベン公国]]として存在し、特に12世紀に[[神聖ローマ帝国]]の歴代[[カイザー (曖昧さ回避)|カイザー]]([[皇帝]])を輩出したシュヴァーベン公の家系であった[[ホーエンシュタウフェン家]](シュタウフェン家)が有名[[神聖ローマ帝国]]の[[神聖ローマ皇帝|皇帝]]を出したことで知られる。同家の衰退後、[[フランケン地方]]出身で公国内の有力領主であったヴュルテンベルク伯家が、シュヴァーベン公国を発展継承する形で1495年にヴュルテンベルク公国を建国した(のち1803年[[選帝侯]]国、1806年には[[ヴュルテンベルク王国]]に昇格する)。その後も[[神聖ローマ帝国]]の時代を通して、[[バーデン (領邦)|バーデン辺境伯領]]などとともに[[帝国クライス#シュヴァーベン・クライス|シュヴァーベン帝国クライス]]を形成していた。
 
[[ニュルンベルク城伯]]、[[ドイツ騎士修道会]]団長、[[ブランデンブルク辺境伯]]、[[プロイセン王国]]王家などを経て、のちには[[ドイツ帝国]]皇帝となった名門[[ホーエンツォレルン家]](ヴュルテンベルク家と縁戚関係にある)も、元来はこの地方の発祥であり、その[[庶家|分家]]はこの地方にとどまった。また、この家ゆかりの[[ホーエンツォレルン城]]もこの地にある。
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