「松平家忠 (形原松平家)」の版間の差分

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主家の[[松平氏]]と同様[[今川氏]]に従属し、家忠の弟の左近が竹千代と共に[[人質]]になり今川方に送られていたが、[[1560年]]に[[今川義元]]が[[桶狭間の戦い]]で討ち死し今川氏が弱体化すると、主家の[[徳川家康|松平元康]]と共に形原松平家は今川氏より離反した際に、左近は処刑されている。後に家忠が成人し当主となると、家康に従い、[[三河一向一揆|一向一揆]]と戦い、また、今川方の吉田城攻めにおいては奮戦し勝利し左近の仇である[[小原鎮実]]を破った。後に[[駿河国|駿河]]を追われ掛川城に逃れた[[今川氏真]]を家康が攻略した際には、氏真を[[後北条氏|北条氏]]の領地である[[伊豆国]]へ護送する任を果たした。[[1575年]]の[[長篠の戦い]]にも参戦し活躍する。[[1582年]]に形原において死去。
 
{{形原松平家当主|5代}}
{{DEFAULTSORT:まつたいら いえたた}}
[[Category:松平氏|形いえたた]]
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