「松井誠」の版間の差分

m
編集の要約なし
(→‎外部リンク: {{ホリプロ}})
m
* 公演で移動するごとに転校を余儀なくされ、友達とも遊べず、給食さえ食べる事のできない一座の生活に嫌気が差し、中学卒業後夜汽車で家出し上京。
* 新宿の歌舞伎町で年齢をごまかしてホストクラブで働いた。幼い頃から舞台に立ち、いろいろな人と出会ってきただけに客あしらいもうまく、次第に売れっ子になった。しかし、ハードな仕事と酒、ストレスのために17歳の時に胃潰瘍と十二指腸潰瘍の手術をする。<ref name="a">日刊スポーツ2009年12月8日記事より。</ref>
* 東京で[[帝国劇場|帝劇]]の『[[屋根の上のヴァイオリン弾き]]』を見て感動。客席との距離が近い小さな劇場で飲み食いしながらにぎやかに見る客の中で育った松井にとって、大きな劇場で静かに見る公演は見たこともない光景だったという。それがきっかけとなり、自分なりの役者像を思い描くことなった。<ref name="a" />
* 18歳の時に劇団員が少なくなって困っていた両親のために、九州へ帰り舞台に立ち人気を博す。
* 再び大舞台の役者となるべく[[1986年]]3月、25歳の時に一から「劇団誠」を立ち上げた。<ref>『[[スタジオパークからこんにちは]]』([[日本放送協会|NHK]])[[2007年]][[6月8日]]の回に出演。これまでの役者人生について深く語った。</ref>
94,774

回編集