「スリム・ヤマダエフ」の版間の差分

生存?
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(生存?)
2008年頃から[[ラムザン・カディロフ]]と対立し始め、同年8月、ヤマダエフは誘拐・殺人の容疑で連邦手配された。同月、ヴォストーク大隊と共に[[南オセチア紛争 (2008年)|南オセチア紛争]]に従軍。戦後、連邦手配は解除されたが、予備役に編入された。同年9月24日、兄の[[ルスラン・ヤマダエフ|ルスラン]]が[[モスクワ]]で暗殺された。
 
2009年3月、[[アラブ首長国連邦]](UAE)のドバイで心臓に銃弾を受け殺害された。遺体を引き取ったとされる弟の[[イサ・ヤマダエフ|イサ]]の言葉によれば、スリムは生存しており、UAEの特務機関により保護されているという。2010年4月12日、イサは、入院中のスリムの写真をモスコフスキー・コムソモーレツ紙に公開した<ref>[http://www.mk.ru/incident/article/2010/04/12/466969-zhivoy-primer-absurda.html Живой пример абсурда]</ref>
 
==パーソナル==
*四男:アスラン・ヤマダエフ
*五男:[[イサ・ヤマダエフ]] - 政治家、実業家、軍人。
*六男:バドルジ・ヤマダエフ
 
== 脚注 ==
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<references/>
 
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