「和光信也」の版間の差分

 
[[1962年]]、[[物性研究所]]でFACOM202(PC2)が稼働し始め、修士論文の研究に使う。
 
[[計算機]]室に根を生やしていると言われるほどの、自称:元祖[[コンピュータ]]・[[オタク]]。[[テニス]]と[[スキー]]をたしなみ、しばしば、学生とゼミ合宿を供にする。また、駄洒落を連発する気さくな人柄で知られる。
 
金属結晶での電子のポテンシャルについて、粗い近似ではあるが、初めて[[#self|自己無撞着なバンド計算をおこなった(1965)]]。
現在、LDA+U などとして使われている[[#stat|状態依存ポテンシャルの概念を初めて導入した(1973)]],[[#orbi|(1977)]]。
 
[[計算機]]室に根を生やしていると言われほどの、自称:元祖[[コンピュータ]]・[[オタク]]。[[テニス]]と[[スキー]]をたしなみ、しばしば、学生とゼミ合宿を供にする。また、駄洒落を連発する気さくな人柄で知られる。
 
晩年は、[[二酸化炭素]]排出量の削減から、更に一歩踏み込み、二酸化炭素の分解([[CO2]]分解:[[炭素固定]])による[[CO2]]濃度削減を提唱。
 
== 略歴 ==
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