「北海道通信社」の版間の差分

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*将来的には、専門紙を数多く発行する総合通信社構想を持っている。かつて、建設版、教育版に続き、行政版、PTA教育版を試行で発刊したことがあるが、余りにも隙間分野なために取り止めた。また、[[1993年]]には[[FM放送]]局開局に向けて、「エフエムニュー北海道」を設立したが、現在の[[エフエム・ノースウェーブ|FMノースウェーブ]]との争いに負け、断念したことがある。
*[[1958年]]には、労使の対立から[[北海道建設新聞社]]と会社を分けた経緯がある。今でも両社の社長は兄弟で、最大のライバル会社と意識している。
*副社長・[[松木謙公]]は[[衆議院議員]]([[網走支庁オホーツク総合振興局|網走]]・[[宗谷支庁総合振興局|宗谷]]両管内からなる[[北海道第12区]])。