「山岡事件」の版間の差分

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→‎事件の概要: 当時の関与禁止期間の最大は15年の筈。実質無期限と言うのなら期間を付けるのなら出典付けて復活願います。
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[[1965年]]夏、日立建設機械(現在の[[日立建機]]の前身)で発生した巨額[[横領]]事件に絡んだ[[恐喝]]事件で逮捕された[[暴力団]]員が、その取り調べの中で[[中央競馬]]の[[騎手]]を抱き込んで八百長行為を仕組んでいたという[[自白]]を行った。
 
これを受けて[[警視庁]]及び[[日本中央競馬会]]が調査に乗り出し、9月には中央競馬の騎手[[山岡忞]](やまおか つとむ)の他、暴力団員など2名が贈賄罪の容疑で、騎手の[[中沢一男]]および[[高橋勇]]が同じく収賄罪の容疑で[[逮捕]]された。さらに後日、騎手の[[関口薫]]も八百長に関与していた事が発覚、山岡ら4名の騎手はいずれも[[競馬法]]の規則により、最大15年間の競馬関与禁止処分(2007年まで無期限の概念が無かった)となり、競馬界から事実上の永久追放とされた。
 
山岡らの供述によると、八百長(不正敗退行為)は1965年[[3月6日]]、[[東京競馬場|東京競馬]]第8競走・たちばな賞と、同年4月10日の第3競走のサラブレッド障害で行われたとされる。